グスクの海-Ocean of Gusuku-

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墓参

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最近妙だなと思うことがあって。

街を歩いていると、ここ20年くらい顔も見なかった
小学校の同窓生を三人ぐらい見かけました。

シンクロニシティか何なのか。
図書館でふだん借りることのないようなゲーム関係の本

『美食倶楽部バカゲー専科外伝 謎のゲーム魔境』

を何となく手にとったら、そこにも「グスク」の人魚絵
http://www.gusuku.sakura.ne.jp/
をお借りした斎藤さんが以下のように紹介されていて。


ら斎藤さん
前作「バカゲー専科」の表紙を描かれたデザイナー。「薔薇野郎」でおなじみのカルトゲームデザイナーでもある。こないだ渋谷でチンピラの車をボコってそのまま逃げようとしたという暗い過去を持つ。


斎藤さんといえば、『カルドセプト』のカード絵半分描いた人、みたいな言い方が世間的にはキャッチーかなと思うのですが、自分にとってはエニがつく前のスクウェアから出た『ガンハザード』とか『ベアナックル』の人でした。

『ベアナックル』なんて。
ここのブログに書いて誰か分かるのかしらとも思うのですが。
メガドライバーの私はファイナルファイターではなくベアナックラーだったのです。
#と書いたって、ここの誰か分かるのかしら。

メガドライバーであるからには
『重装騎兵レイノス』とかも当然やり込んだソフトの一つで。
今のように、夢のようなグラフィックでガンダムなど出来なかった時代に
ドット絵で構築された大気圏突入のシチュエーションに燃えていたのです。

それを創ったメサイヤの人が斎藤さんというか。
あの『ジノーグ』を創った会社の人なんだな、という印象でした。
ゲーム業界に数多くいる天才鬼才の一人ですね。

 ***

その斎藤さん、ガンで入院したのは知ってたんですけどね。
お見舞いして以来、諸事情でここ四年ぐらい絶交してて。

とくに消息を聞く意図は無かったんですが。
これも偶然、そのとき一緒に見舞いに行った旧知から、最近

「逝って2年」

と知らされて、ああそうか、亡くなったのかと思い。
徒然に色々と思い出されて。

ら斎藤さんのタッチしていた仕事で僕が最後に知っているのは

「今の仕事は空を超えてラララな感じ」

とメールで頂いた奴なのですが、
後年ゲーム好きの人に聞いてみると評価の高いその作品は、
昨年末からお世話になった皆さんにはご明察の通り、

(首突っ込んでみようか)

と思うきっかけの、実は一つでありました。

***

斎藤さんから頂くメールは独特の文体で味があったのですが、
改めてソートしてみると、恬淡とした以下の内容が心に刺さり、
デスクトップの前で泣いたのを思い出しました。

***

2004年5月10日 0:28


 それはさておき自分の近況だけど
 肺に腫瘍がみつかったので月末までにまた手術よ。
 後にまた投薬治療(多分)でしばらく入院でしょう。

 今後は俺「やりたい仕事しかやらない」と思う。
 そんな姿勢は贅沢なのだが実際いつ迄自分が生きられるかわかんないからな。
 今はネットに接続すれば自分の症例が何年の生存率か
 数値で分かってしまう時代だしそれ読むと恐えよ。
 こないだの退院から2ヶ月しか経って無いでまた手術なんだから
 自分の病気自体は結構な強さを誇る奴じゃろ。多分。ボスキャラ並に。
 まあ今後どうなるのかは神のみぞ知る。
 神がいればだが。
 神の味噌汁。
 美味しいの?それ。

 やりたい仕事というのは具体的になんじゃいという感じだけど
 「自分が楽しめて公開時期の早い奴」とかそんな感じかなあ。今は。
 勿論自分の個性とかが強く反映出来る類いは結構わくわく出来るし
 色々含めて計画していきたいかなあ、と。

 生臭い話だと病気にかかる費用の事も考慮して
 ギャランティが優遇されている企画も勿論歓迎しちゃうし。
 まあ小島さんの企画にお金は期待しないんだけどさ(笑)
 
 友人知人から「なんか出来る事あったら相談してよ」
 と有り難い台詞も言われる今日この頃だが
 じゃあ面白い仕事に参加してえなあとか答えております。
 前から言ってるけど小島さんの企画自体は面白いと思うし
 だからこそ具体性を上げてさっさと公開時期を設定して欲しいなあと思うんじゃよ。

 公開時期と言ってもそれは狡獪に航海を設定出来んと後悔する展開になるが(うるせえってか)

 じんぱちも最初の話しから早数年。進んでませんな。じりじりするもんがあるが。
 願わくば俺が死んじゃう前に小島さんにはアグレッシブな行動で
 クリエイト&カミングスーンと。
 お互いおもろい事やろうよ。

 などと我侭絵描きフロム世田谷。
 晩飯は宅配ピザでした。

 ほなまた。

***

(死んじゃう前に出来なくて悪かったな)

等と思ったので、今こうして墓前に来てるんですけどね。

***

最期に会った時は、お見舞いに持って行った
冗談みたいな林檎一個を渡し忘れて、
取って返した所に来ていたお母様に直接手渡す破目になったので。

じゃあ今回も林檎一個と、
ファミレスで彼が呑んでたワイン一瓶と、
マルゲリータをお供えに持って来て。

半分呑んで、すこし泣いたら気が晴れたので。
これからまた、自転車で40kmの道のりを帰ろうと思います。

小島
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by asbel24 | 2008-06-10 14:27 | 徒然草